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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)1379号 判決

控訴人 森 富士夫

被控訴人 国

訴訟代理人 曽我謙慎 永松徳喜 山口修弘

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張事実及び証拠関係は、控訴人が当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  昭和四二年一〇月二日午後六時三〇分頃、八尾市渋川町一丁目二番七二号地先路上で、普通貨物自動車を運転し時速約四〇キロメートルで西進していた控訴人が、折柄対向する東行車線上に信号待ちのため停車している車輌の間から南側へ横断しようとして控訴人の進行する西行車線上へ進出した訴外山地勝に、右控訴人車の右側方を接触せしめたこと及び控訴人車は他より借用したものであるが、控訴人が自己の転居のために運転使用する際に右事故を起こしたのであることは当事者間に争いがない。

そうすれば、控訴人は自賠法第三条の保有者であるから、同条但書の免責事由に該当しない限り、右山地に対して右事故により生ぜしめた損害の賠償義務を免れえない。

二  ところで、控訴人車が自賠法第五条の規定に反し責任保険の付されていないものであることは当事者間に争いなく、被控訴人が被害者山地の同法第七二条による請求により、被害者の過失割合を五〇パーセントと考慮し認定した損害額につき法定限度額の金一五〇万円を昭和四四年六月二〇日に右山地の代理人である日動火災海上保険株式会社に支払つて損害をてん補したことは〈証拠省略〉により認められる。

三  被控訴人の右損害てん補が右山地の控訴人に対する損害賠償請求権の額を超えない限り、被控訴人は自賠法第七六条に基づき右山地の損害賠償請求権を右てん補額の限度において代位行使しうるものというべきであるから、以下山地の損害賠償請求権を否定する控訴人の免責の抗弁について考察する。

〈証拠省略〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  本件事故現場の道路はアスフアルト舗装した巾員七・四メートルの歩車道の区別のない府道で、直線であるため前方の見透しはよく、速度制限は毎時四〇キロメートルであり、車輌の交通は常時ひんぱんな場所である。

(2)  控訴人は事故現場の東方約二〇〇メートルにある交差点を右折して本件現場の道路を時速約四〇キロメートルで西進してきたが、対向する東行車線上は右交差点より本件事故現場の更に西へ延々と車輌の列がつづき交差点での信号のため渋滞状態が生じていた。

(3)  被害者山地は自己が勤務する会社の寮へ帰るため本件事故現場の道路を北より南へ横断すべく足早に、右停滞する東行車線上の車輌の間を通り抜け道路の中心線を越えた辺りへ進み出たところ、その付近において控訴人車の右側前方部分が同人の身体に接触し転倒したこと。

(4)  控訴人は助手席に星原司を同乗させて控訴人車を運転していたが、控訴人自身は山地が中心線付近に歩み出てきたことや接触したことにも気付かず(このことは次項のスリツプ痕の存在しないことによつても窺われる。)、同様に山地の姿に気付かなかつたが接触時の音にその気配を感じた星原に告げられて停車し路上に坐りこんでいる山地の姿を見て車をバツクさせ山地の救助にかかつたこと。

(5)  現場路上には控訴人車のスリツプ痕は認められず、車体にも接触の痕跡なく、右前フエンダーにとりつけたバツクミラーが三〇度ほど内側へ回転していたこと。

右各事実によれば、被害者山地は東行車線上の車輌の間を通り抜け、さらに南へ横断しようとするに当り東方より西進してくる車輌の有無を充分に確認することなく足早に道路中央へ歩み出したものと認めざるを得ない。〈証拠省略〉には、東行車線上の車輌の間を通行中、左右の車の間から西進してくる車の有無を確かめたが車は見当らなかつたとの部分があるが、前記のとおり中心線の南側付近で控訴人車と接触している事実からして、西進してくる車の有無を確認していなかつたと認めるほかなく、右証言部分は措信しえない。そして、〈証拠省略〉(実況見分調書)中には、控訴人が立会人として事故発生時の状況を指示説明している記載があり、その記載によれば、控訴人は前方四メートルの東行車線上の車輌の間より飛出してきた山地を発見し急停車の措置をとつたとあるが、前認定のように路面にスリツプ痕はなく、また〈証拠省略〉に照らすと、右控訴人の指示説明の記載は、ことの真相を記載したものとすることができない。従つて右指示に係る距離関係もそのままこれを採ることはできず、他に本件において接触事故の発生経過を彼我の位置、距離を特定して具体的に認定するに足る証拠はない。

しかしながら、控訴人車の時速が約四〇キロメートル(秒速一一メートル余)であつたこと、彼我の右接触状況及び双方とも接触するまで接近しあつていることに気付いていなかつたこと(この点について控訴人側では前記のとおりであるが、山地については、同人の証言を通じて、西進してくる車を認めなかつたと述べ、それについで接触の結果を述べるのみで、控訴人車の接近に気付いていたと窺われるところはない。)などよりすれば、発見時の彼我の距離が四メートルであつたとする〈証拠省略〉中の前記記載を採れないとしても、山地が東行車線上の車輌のかげより道路中心線へ歩み出したとき、即ち控訴人において山地を認めることが可能となつた時点においては控訴人車は至近距離に迫つていて、控訴人が山地を発見し即時接触を回避する措置をとつたと仮定しても、回避しえない距離関係にあつたものと推認することができる。(仮に前記四メートルとしても車の速度が秒速一一メートルでは四メートル以内で停車しえず、また、歩車道の区別のない前記のような巾員の狭い道路上で左右へ進路を変えて接触の回避を期待することも、却つて他の事故を誘発する原因ともなりかねず困難と考えられる。)そして他に右認定を妨げるに足る証拠はない。

そうすれば、本件接触事故は控訴人車が至近距離に迫つているにかかわらず路上の安全を充分に確認せず停車する車のかげより突然控訴人車の進路前方へ横断のため進出した山地の過失によつて発生したものというべきである。停滞する東行車線上の車輌の間より歩行者が横断のため進出してくることは予期し得ないことではないとしても、進路前方に車間より横断の挙に出るおそれのある人影を認めたにかかわらず減速することなく進行したというなら格別、本件のように人影もなく進路前方に立ち現われる気配もないのに、突如回避の余地のない至近距離より人の歩み出ることのある場合を考え、自動車運転者に常時さような事態にそなえて事故を防止しうる措置をなすべき注意義務があるとすることは、本件事故発生当時の社会情勢、交通事情等からして、難きを強いるものと言うことができるから、本件の場合に制限速度以内で走行する控訴人に過失があつたとすることはできず、山地の一方的過失に帰すべきである。

〈証拠省略〉によれば、控訴人車は救急車を廃車した古い車であつたことが認められるが、その構造に欠陥、機能に故障があつたとは認められず、また前認定の事故の態様からみて、それと因果関係の考えられない本件においては控訴人の免責の抗弁は正当として採用することができる。

四  以上によれば、山地の損害額について検討するまでもなく、控訴人には損害賠償義務がないから、被控訴人の前記損害てん補によつても代位すべき山地の控訴人に対する損害賠償請求権は存在せず、被控訴人の本訴請求は失当である。

よつて、これと異なる原判決は不当であるから、これを取消し、被控訴人の請求を棄却し、民訴法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 林義雄 楠賢二)

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